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通園するお母さんの感想

出会いの一年 0歳児保護者

初めて補聴器を付けた日の夜、弟が心配と泣いた兄。今ではお風呂の前に補聴器を外してくれていたりします。先生との個別支援では兄弟セットでお世話になり子供たちの楽しそうな表情がとても嬉しく、また私が普段見逃しているようなことも「ちゃんと音に反応していますよ」と教えて頂き、私自身の不安や焦燥感が少しずつ和らいでいくのを実感しています。そして、我が子はとても表情豊かで最近では感情によって声色を変えてきたり、特にお兄ちゃんと遊んでいるときは二人でよく笑いコミュニケーションを取り合う姿が見られたり、そんな成長が私たちの糧でもあります。
我が子が誕生し、短期間で数え切れない出会いがありました。その中でもこの学園との出会いはとても大きく、私たち家族は明るく笑っていられる時間が増えてきました。今、難聴が判ったあの時には想像も出来なかった日々があります。
全ての出会いに感謝し、これからも息子たちからたくさん学ばせてもらおうと思っています。
今後も、ご指導よろしくお願い申し上げます。

我が子との出会い 0歳児保護者

大きな声で呼んでも振り向いてくれない我が子をみる辛さは、自分が代われるものなら代わってやりたいといった気持ちいっぱいでした。親が代われないならば、できるすべてのことをやってあげようと思い始め、ネットの情報は必死に調べ、いろんなところにも相談しに行きました。その中で東京大学付属病院の担当先生のご紹介で日本ろう話学校(ライシャワ・クレーマ学園)と出会いました。始めて見学させていただき、在学中のお子さんの様子を見たとき、子ども達が本当に我が子と同じく聞こえが悪いのかと思いぐらい、明るく楽しく会話しているのを見て感激しました。未来へ可能性を感じた私たちは入学を強く希望しました。
学校に通い始め、本人の状態に合わせた補聴器もつけていただきました。当初は本人が嫌がり、補聴器を取ったり、なめたりしましたが、最近になってだいぶ慣れてきたようです。補聴器をつけて、初めて拍手の音に反応してくれたので、とても感動しました。普通の子供なら当たり前なことですが、私たちにとっては大きな幸せと共に、身の回りに感謝の気持ちを強く感じさせる我が家の貴重な瞬間でした。

成長を信じて 0歳児保護者

学園に入学して1年5か月経ちました。我が子は学園が好きです。二人で学園に来るのは大変です。でも学園に行った日は「来て良かった」と思って帰ります。それはお友達と上手におもちゃのやり取りができたり、他のママとお話できたり、先生からアドバイスをもらえたりするからです。もし家で二人きりで子育てしているのだったら、この先の不安に押しつぶされてしまったかもしれません。だから学園にはすごく助けられています。この先の難聴のことはまだわからないことも多いです。でも我が子と今を楽しく過ごすことはとても大事だと感じています。

一年をふりかえって 0歳児保護者

我が子はこの1年でかなり成長しました。ハイハイから伝い歩き、二足歩行になり、最初に「イタイイタイ」という言葉を覚えました。我が子が髪をひっぱったり、噛んだりしてくるので私たちはよく「痛い痛い!」と言っていて、それを最初に覚えたようです。現在は「あーだうだ(はいどうぞ)」「まんまんま…(まんま)」という言葉も使うようになりました。発音も使い方もまだ曖昧ですが、ゆっくりでも確実に進歩していると感じています。
今は赤ちゃんから幼児へとすっかり変貌をとげ、やんちゃ盛りです。いやいや期もはじまって親としては試練の日々ですが、笑顔で遊んでいる姿は本当にかわいらしいです。学校でお友達といるところを見ると、遊び方や接し方が変わってきていて、家にいるだけでは分からないような社会的な成長も感じられます。
成長に伴って、場所見知りや人見知りでぐずってしまうなど難しい場面もありましたが、その都度先生方や先輩お母さん、お友達にフォローしていただき、一人で行き詰ることがあっても誰かに助けていただける環境を本当にありがたく感じています。学校のお母さん方は子供への声の掛け方もお上手で、いつも参考にさせていただいています。

思いで 0歳児保護者

娘が難聴かもしれないとわかったのは産まれて2日目の新生児スクリーニングでした。その後も再検査が続き、生後5カ月の精密検査で両耳ともほとんど聞こえていない重度の難聴とわかりました。頭の中が真っ白になって、今後の彼女の人生を思うと心配でたまらなくなりました。また妊娠中の生活が良くなかったのではないかととても悩みましたが、次第に難聴のことも含めて、私の愛すべき娘であるということ、彼女の人生をよりよくするために出来ることをすべきだと考えられるようになりました。
初めて補聴器をつけたのは生後半年のことでした。その頃は1日に合計でも2時間ほどつけていられれば良い方で、左側を外し、つけている間に右側を外す・・・ということの繰り返しでした。本当に1日中、彼女のそばにいなくてはならず、家事も最低限しかできないし、これから色々な面で大丈夫なのかと絶望的な気持ちでいました。冬になり、夫の家族の知り合いから薦められた日本聾話学校(ライシャワ・クレーマ学園)に通うことになりました。1月末に見学に行き、入学したのは4月でした。

1年を振り返って 0歳児保護者

難聴の我が子には2人の兄がいるため、周囲は常に騒がしく言葉を聞くのに良い環境とは言えない中で生活しています。私も3人を世話するために1対1で接してあげられる時間は限られてしまいます。先生はその中で出来ることや、兄弟がいることでの良いことも話してくださって、とても助けられました。そして忙しさを理由に手を抜いてしまいがちな私の子育てですが学園で個別支援や新入講の話を聞くことではっとさせられ、その都度また丁寧に育てていこうと気持ちを改めることが出来ました。

成長を感じた1年 1歳児保護者

ライシャワ・クレーマ学園に入園してから2年が経ちました。先生方をはじめ、私たち親子を支えてくださるみなさまのおかげで、我が子は心と身体そしてことばもすくすくと成長しています。そして母親である私も随分成長させてもらいました。
我が子が生まれ、ライシャワ・クレーマ学園に出会うまで、私はよく年配者が言う「放っておいても子は育つ」という言葉をそのままに受け取っていたように思います。しかし、本当に放っておいて育つ子など一人もおらず、人は人との信頼関係のなかで愛されて育つことが大切なのだと、この学校で教えてもらいました。もしかしたら、「放っておく」というのはこの学校の教えの『おこらずゆずらずかしずかず』に近い意味合いをもっているのかもしれませんね。
さて我が子には姉と兄がいます。私はこの二人なくして我が子のここまでの成長はなかったと思っています。姉は弟にやさしく話しかけ、得意の絵を一緒に描いたりその場で作ったゲームに誘ってくれたりします。兄は一緒になって戦いごっこやブロックなどで遊び、時にはヒートアップしてケンカになったりしています。それでも私が我が子を叱りすぎた時など、二人でそっと弟をなぐさめてくれるやさしい姉兄です。
この二人の自然で楽しいかかわりが、我が子にとってどれだけプラスになっているかわかりません。また3人で外遊びをしている時など、私の束の間の休息時間にもなっています。
話しは前後しますが、子育ての大事な教え『おこらずゆずらずかしずかず』を我が子だけでなく、こどもたち3人共に意識して育てています。今は、以前よりも子育てに少しだけ余裕がでてきたからか(それまでがいっぱいいっぱいだった)こどもたちが今まで以上にかわいく思えます。
これからも色々あるとは思いますが、宝物のこどもたちと一緒に自分も楽しみながら成長していきたいと思います。先生方をはじめ支えてくださっているみなさま、これからもどうぞよろしくお願いします。

一年を振り返って 1歳児保護者

我が子もライシャワ・クレーマ学園に通わせて頂くようになって、この4月で2年になります。今年も思えば、あっと言う間に1年が過ぎてしまった気がします。
我が子は今年も1年の間に沢山の成長を私に見せてくれました。昨年の今頃は音への反応も良くなって、音に興味を持ち、関わると声を出してくれるようになりましたが、今年は一生懸命に聴こうとする様子があったり、言っていることを理解し行動が出来るようになってきました。12月に人工内耳をし、最近は「ジュースのみたいの?」と聞くと「あわーわぁのわぁわぁーわっ」。「みかんたべたいの?」、「むうわぁわぁわぁわぁわー」と大きな口を開けて意味のある言葉を返してくれます。
先生との個別の時間では、お歌の時に先生が出してくれるカードを選び、カードを置いて音楽が鳴るのを待って、喜んで真似をすることも増え、更に歌が好きになりました。挨拶の時には歌に合わせて手を付けて頭を下げて挨拶、帰りの「さよならあんころもち」の時には、手を繋ごうと自分から手を出してきて、体を揺らしバイバイもするようになりました。我が子は先生の部屋に入ると、何かのスイッチが入った様に意欲的な姿に変わり、家では出来なかったことや見た事のない我が子の姿を沢山見る事が多く、ここは我が子に取って楽しい大切な場所なんだと改めて実感しました。
子どもと私の1対1での関わりでは、先生に「お母さん、ここは良かったです。」「ここは、こうしてみてください」と褒めて頂いたり教えて頂き、それを家でもやっていくうちに、子が応えてくれると、それがとても嬉しくて私の自信となりました。
グループでのクッキングや工作、お歌やリトミックでは、何かを作ったり、体を動かしたり、色々な経験が出来て、蒼基なりに楽しい事がわかり、自分から何かをしようとする、したいという気持ちが出てきました。
先生との個別やグル―プでの事が、家でのお手伝いにもつながり、私が野菜を洗っていると椅子を持ってきて、一緒にバシャバシャと洗ってくれたり、引き出しからフライパンを出してコンロに乗せたり、掃除機を運ぼうとすると一緒に持ってくれたり、洗濯かごを持ってくれたりと積極的に色々とお手伝いをしてくれます。

楽しかった! 2歳児保護者

『お母さん。○○くんと過ごしていてどうですか?』我が子が生後3ヶ月の時、病院で詳しく検査した後、担当の耳鼻科の先生から言われた言葉。我が子は第一子だったので我が子しか知らない私は『赤ちゃんってこんな感じなのね』と思って過ごしていた。『どうとは?』良く分からず質問に質問で返してしまった。『両耳とも結果が良くないんですよ。○○くんと今後、口話でコミュニケーションする事は難しいかも知れません。』あれ?新生児スクリーニングテストでは片耳だけ聴こえづらく片方は聴こえていると言われていたのに。両耳聴こえていない、しかも口話でのコミュニケーションが難しい?『大きな音を出しますよ。』と言って先生が音を立てたけれど我が子は寝たままだった。その時は『寝ているのだから反応しないのは当たり前』と思ったけれど、、。そうではなくて。私と同じ様には聴こえていなかったのです。その後ネット検索に没頭。情報収集。結果、聴覚に障害があっても私達の子育ての目標としている『自立』が不可能ではない事。大学へ行ったり就職したりスポーツを楽しんだりしている方も多くいる事がわかり前向きになれた。我が子が7ヶ月の時にライシャワ・クレーマ学園に入園。あれから3年。。。初めて補聴器を着けた日、ハウリングや耳の肌荒れに悩む日々。なかなか言葉が出てこない。いつか『ママ』って呼んでくれないかなと思う毎日。きっと『ママ』って呼ばれたら嬉しくて泣いちゃうかも。そして『ママ』と呼ばれた日。嬉しくて嬉しくていろんな人に報告した事を覚えています。この3年間楽しく通えたのは、ホールに行くと笑顔で迎えてくれて、成長の悩みや喜びを聴いてくれたお母さん達。時に厳しくも優しく丁寧に指導して下さった先生方おかげです。本当にありがとうございました。
出会いは成長の種。子育てをとおして出会った子供とそのお母さん達、聴覚障害の世界、病院や学校の先生方。出産前に思い描いていたような出会いではなかったけれど、貴重な出会いでした。我が子が入園した時は3人家族だった我が家。その後2回の妊娠、出産を経て6人家族になりました。
最後にこれを読んでいる入園して間もない方へ。私は『思い出』を読んでママ達から感動と希望をもらいました。多くの方が書いていましたが本当にライシャワ・クレーマ学園での生活はあっという間です。そして子供はゆっくりではありますが日に日に成長します。毎日一緒にいるからこそ気がつかない事もあるんですね。一生のうち、ママと1日中過ごす期間は僅かです。妊娠、出産を頑張ったご褒美だと思って、どうぞ楽しんで下さい!

成長 2歳児保護者

我が子がライシャワ・クレーマ学園に入って2年5カ月がたちました。まだまだと思っていたけれど、もう修了を迎えようとしています。難聴が分かった頃には、こんなにもおしゃべりをし、歌を歌うようになるとは想像も出来ない事でした。補聴器を嫌がり悪戦苦闘した0歳児。補聴器が我が子の一部になってきたと感じた1歳児。そして補聴器なしではいられないようになった2歳児。1年1年、大きな成長がありました。
学園に入って親の呼び名をどうしますかと聞かれた時に「お父さん、お母さん」にすると決めました。我が子には言いにくいのかもと心配した時もありましたが、先生に「必ず言えるようになります」と言われた事を信じ話しかけてきました。「とーたん、たーたん」から始まり、今では「お父さん、お母さん」と呼んでくれるようになりました。先生の言葉を信じてやってきて良かったと思えた瞬間でした。
2歳児になって単語だけだった言葉が2語文、3語文、4語文と増えていきました。言葉が増えて行くとともに理解も進み、そして自分の意思もはっきりと言えるようになりました。それはとてもうれしい事でしたが、何を言っても一言目には「いや」「だめ」と言うようになり、うまく我が子と接することが出来ない時期もありました。振り返れば、自分に余裕が無かったのだと思えますが、そんな時でも沢山の先生方に助けて頂き、乗り越えることが出来ました。この時期にさらに悩まされたのが、お友達との接し方です。嫌なことがあるとすぐに手が出て泣かせるし怪我をさせるし、毎日毎日ほんとに嫌になってしまいました。何かあった日は寝る前に反省会をして言い聞かせてきました。その効果もあったのか、だんだんお友達とも上手に接する事が出来るようになってきて、成長を感じました。
この1年はほとんど病気もせず、沢山学園に来ることが出来ました。素直にグループに参加していた0、1歳児の頃とは違い、機嫌の良し悪しで随分と態度が違っていましたが、去年出来なかったことが今年はこんなに出来るようになったのかと発見できる事も多く、沢山の経験が言葉の成長にもつながったのだと思います。学校に沢山来ることで、お友達の名前も覚える事ができ、お友達のマーク、さらには車まで覚えていて驚かされることも多かったです。
沢山の言葉を話すようになった1年。ちゃんと言葉が出てくるようになるのか心配していた時もありましたが、本当にうるさいくらいに話してくれるようになりました。日々のやり取りも会話になりつつあり、我が子と話をするのがとても楽しくなってきました。歌もとっても好きで学園で歌う歌はもちろん、アニメの歌なども覚えて踊りながら歌う姿はとてもおもしろいです。

修了を目前にして 2歳児保護者

我が子が重度難聴と診断されて、生後4か月から補聴器装用を開始。生後11か月のときにライシャワ・クレーマ学園 に入園しました。入園当時、「○○ちゃんは、きっとお話しが大好きな子になりますよ。」と声をかけていただいたときは半信半疑でした。その予言通りに成長しており、非常に驚いています。 修了を目前にして、我が子のこれまでの成長をその時々の私の心境とともに振り返ることにしました。
新生児スクリーニング検査で「難聴の疑いあり」という結果が出てから、ライシャワ・クレーマ学園に入園するまでの間、我が子が難聴であるという事実を受け入れることが出来ませんでした。スクリーニング検査の精度をインターネットで検索して一喜一憂したり、診断確定後も「難聴は一時的なもので将来的には聴力が回復するかもしれない」と信じて、我が子のそばで掃除機をかけたり、ドアを勢いよく閉めたり、大きな声で名前を呼んだりと、今思えば、我が子のきこえを試すような酷いことをしていました。拠り所を求めていくつかの施設を見学し、「聴いて話す子に育てよう」という方針に感銘を受けて、ライシャワ・クレーマ学園 に入園させていただくことにしました。個別やグループ活動で繰り返し学んだことは、子供の気持ちを受け止め、そして待つこと。せっかちな私にとっては非常に難しいことでしたが、少なくとも学園で過ごす時間だけは、この2つを意識して我が子と接するように努めました。すると、入園以前は聞こえているという手応えがなかったところ、次第に「この子には私たちの声が届いている。周りの音を聴こうとしている。」という確信を持てるようになりました。歌を聴くときの頷くような仕草、話す人の目をじっと見つめる様子など、健聴に拘っていたときには見過していた我が子のきこえのめばえが、そこにありました。より良いきこえのために、1歳4か月のときに人工内耳埋込手術(左耳)を受けました。補聴器を使って聴きためていた甲斐もあって、1歳5か月になる頃には「あーっあっ(いただきます)」、「あーあい(ちょうだい)」という言葉が出るようになりました。それ以降、食事に関する言葉を中心に理解語が増えていきました。一本調子の「あー」という発声からはじまり、抑揚がつき、母音全てを使って表現するようになり、子音を聞き分けられるようになり、2歳を過ぎる頃には2語文を理解しはじめ、お友達やキャラクター、物の名前を口にするようになりました。
我が子のきこえと言葉の成長と同時に、家族のコミュニケーションの在り方も変化していきました。聴くことと話すことがいかに尊いことであるかを知り、小さな事柄も丁寧に伝えること、あるいはじっくりと耳を傾けることを心がけるようになりました。すると、同じことの繰り返しと思えた毎日が、実はちょっとずつ変化していて、その変化がとても楽しいものであることに気が付きました。
現在の我が子は、寝ている時を除いて、常に話していると言っても過言ではないほど、おしゃべり好きな子に成長しました。「まーる、おめめー、おはなー、おくちー、おみみー、かみのけー…みて!かけたよ!△△ちゃん(長女のこと)と、○○が、おりょうりしてるの。」とお絵描きをしながら絵の意味を解説し、「○○ね、きょうね、ちいさいがっこう(ライシャワ・クレーマ学園)でおみみ(の型取り)をがんばったよ!あしたもがんばるよ。」と時制を意識しながら話し、「おとうさん、きょうおしごと、ある?○○といっしょに、(車で職場に)いく?」と自ら話題を提供するようになりました。さらに驚いたことに、長女と一緒になって「かえる(蛙)がかえる(帰る)」といった言葉遊びもするようになってきました。
3学期になってから、我が子は徐々に幼稚部を意識し始めたのか、小さい声ながらも「おはようございます」、「さようなら」とご挨拶出来るようになったり、大の苦手だったイヤーモールドの型取りを克服したり、10回に1回はお友達におもちゃを譲れるようになったり、自分より小さい子を可愛がるようになったりと、精神的にも成長がみられました。 早いもので、ライシャワ・クレーマ学園で過ごす時間は残りわずか。子供の成長が嬉しい反面、大変な時期を過ごしたRK を離れるのはとても寂しいことです。これまで、私たち親子をたくさん褒めて、温かく見守って下さった教職員の皆様、ボランティアの方々、本当にお世話になりました。
そして、楽しいことも辛いことも分かち合ったお友達とそのご家族の皆様、かけがえのない時間をありがとうございました。

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