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通園するお母さんの感想

これまでを振り返って

2015年の10月、私たち夫婦のもとに元気に生まれてきてくれました。まさか耳が聞こえないなんてことあるはずがないだろうと、新生児スクリーニング検査を軽い気持ちで受けたところ、何度も再検査になり、生後3ヶ月の時に難聴であることが分かりました。診断を受けた時は、この先の不安よりも、妊娠中も生まれてきてからもたくさん話しかけていた自分の声がこの子には聞こえていなかったんだ…と、それがショックで病院のロビーでただただ泣いたことを覚えています。幸い、主人もお互いの両親も難聴を受け止め、みんなで頑張って行こうと言ってもらえたことで、私自身もしっかりと現実を受け止めることができ、すぐに気持ちを切り替えることが出来ました。
難聴が分かってからはすぐに補聴器を付け始め、生後5ヶ月の時に自宅から一番通いやすかったろう学校に通い始めました。月に2回学校に行くうちに、先生からのアドバイスを聞いたり、同じように難聴のお子さんを持つお母さん方と話し共感することで、徐々に不安が少なくなっていきました。
ライシャワ・クレーマ学園に通おうと決めたのは、生後10ヶ月の時でした。手話の勉強をしていた時期もありましたが、耳で聞いて話せる子に育てたい!と学園見学後、即入学を決めました。入学する頃には、全く補聴器を付けてくれなくなっていたので、最初の2〜3週間は一切の家事を諦め、取って付けての繰り返しで本当に大変だったと今でも思います。朝から晩までずっと補聴器を付けていられるようになったのは、入学してから1ヶ月程経った頃でした。アーアーしか言わなかったのが、だんだんマーマー・まんまんまんなど音の種類が増え、入学から2ヶ月を過ぎる頃には名前を呼ぶと振り向くようなことも出てきました。
補聴器をしっかり付けられるようになって5ヶ月程経ちますが、音への反応が増え、たくさんのお友達と過ごす中でこれからどんなお喋りをしてくれるようになるのか、どんな子に育っていってくれるのか、今からとても楽しみです。

1年を振り返って

ライシャワ・クレーマ学園へ通い始めて約5か月が経とうとしています。この1年、私たち家族にとってとても濃い毎日でした。短期間のうちに決断すべき大きな悩みもたくさんありましたが、今、その答え・決断は我が家にとってとてもプラスなことだったなと思います。
我が子は、生まれてすぐ行われる【新生児スクリーニング検査】で両耳ともリファーであると、退院の日、院長先生から伝えられました。生まれて2日目から退院日まで毎日「お耳の検査してくるね」と助産師さんに連れて行かれる姿を見て、ザワザワと胸騒ぎがありましたが、院長先生から話を聞き、まさかこの胸騒ぎが当たってしまうとは・・ととてもショックでした。その中にも、1か月検診では大丈夫だろうという期待もありました。しかし、1ヶ月検診でも両耳リファー。3ヶ月になってすぐに精密検査を行い【重度の難聴】であることがわかりました。毎日泣きました。前を向いて進んで行くという気持ちにもなれず、ただただ辛い時間だけが流れていきました。
生後5ヶ月頃、初めて補聴器を装着し、その時「私たちはやっとスタートラインにたったんだ」と初めて前向きな気持ちを持てたことを覚えています。ライシャワ・クレーマ学園へ通う前も自宅近くの聾学校へ通っていましたが、ライシャワ・クレーマ学園を見学し、帰りの車内で私も主人も「絶対通いたいね。」と意見が一致し興奮しながら話して帰りました。ライシャワ・クレーマ学園へ通い始めるまでの2か月は特に決断すべき課題が次々出てきました。引っ越し、仕事、お兄ちゃんの保育園・・・etc
その答えは苦渋の決断ではなく、とても前向きな決断でした。その結果、我が子の2つ上のお兄ちゃんには、大好きだった保育園を退園しなくてはならないという少し可哀想な思いをさせてしまいましたが、今は、4月の保育園入園まで兄弟一緒にライシャワ・クレーマ学園へ通わせていただき、毎日楽しく過ごしています。我が子もライシャワ・クレーマ学園へ通い始め、だんだんと表情も豊かになり、よく声を出して笑うようになりました。不思議と我が子が笑っていると、家族全員、笑顔になります。たくさん泣き、たくさん悩みましたが、今家族が笑っていられることがとても幸せに感じます。

1歳児振り返って

我が子がライシャワ・クレーマ学園に入園してから、1年半が経とうとしています。
この1年は、できる限り毎日学校に行こう、子どもの習慣になるようにまずは体に覚えさせて行こうと思い頑張って登校しました。次第にコミュニケーションが取れて行く中で、体の方も成長して行き、4月には歩けるようになり、毎朝の補聴器チェックも理解し、補聴器を外す、加藤先生に耳を診てもらうという行動ができるようになって行ったことなどが嬉しく、1つ1つ細かな動作ですが、自立していっていると実感できました。
夏休みは私と子どもで先に帰省をし、10日後に主人と帰省先で合流というのを試みました。
一番緊張したのが行きの飛行機内。1時間半飛行でずっと我が子の耳元に語りかけ。客室乗務員の動きまで観察して息子に語っていました。それが一番きつかったです。こんな夏休みから始まり、帰る頃は、疲れてか爆睡してくれました。
我が子は「going my way」な所があるので、2学期はどうなるのかなと思いながらも、1学期みたいに毎日頑張ろうと思いましたが、2学期はグループで私の膝の上に座らず、走り回るようになり、言う事も聞いてくれなくなり、周囲に迷惑をかけてしまっていると考えこんでしまい、親の私がグループに出たくないと思うようになりました。でも、「この子の学校だし、成長の一過程。親の私の勝手な理由で学校を休んだらあかん」と思い、溜め込んでしまっていた部分を担任の先生に聞いてもらったり、他のママ達に話を聞いてもらったりしていました。
先生方のフォローやママ達のフォローがあったおかげで、2学期の12月頃から走り回ることが少なくなりました。私が「え!」と驚くほどでした。本当にありがとうございます。
今では、友達意識も芽生え、一緒に遊ぼう「おいで」と手招きしたり、おもちゃを持って誘いに行ったりしている所を見受けるようになりました。グループでも張り切るかのように「ウカカー」(見せてー)「アーア」(ちょうだい)と言えるようになりとても嬉しく思います。
この1年、本当にありがとうございました。

親子の成長

我が子は、予定より1か月早く産まれました。妊娠中から安定期はほとんどなく、入院が長かったので、とにかく無事に産まれてくることを、家族のみんなが願っていました。だから生きて産まれてくれただけで本当に嬉しかったです。
低体重出生児なので、その後もチューブでの呼吸や黄疸の治療、低血糖など色々な治療をし、産まれて1か月後の退院となりました。入院中に我が子が難聴だと知っても、生きてくれているからいいと思っていました。主人も「自分は、目が見えにくいから眼鏡、我が子は聴こえにくいから補聴器だ。」と言い、難聴であることをすぐに受け入れてくれました。大学病院から借りた補聴器をつけたのは、5か月の時で、ライシャワ・クレーマ学園には、8か月で入園をしました。
初めは補聴器を外して付けての繰り返しでしたが、今では眠い時以外は、ほとんど付けていられるようになりました。個別や新入講では、毎回自分の子育てと向き合い、考えるきっかけとなっています。そのおかげで我が子の心と体の成長を見れていると感じます。まだまだ話せるわけではないですが、我が子の「あ」と言いながら指をさし一生懸命に自分の思いを伝えようとし、私がその思いをくみ取り、意思疎通ができた時の喜びは、他には変えることが出来ないと感じます。
最近は、理解語も増え、大人がしっかりと見聞きしていないと見逃すほど、ことばを吸収しています。私が、このように我が子の成長を見逃さないようにしようと思うのは、ライシャワ・クレーマ学園のおかげです。

成長

ライシャワ・クレーマ学園に通い始め2年8カ月が経ちました。ママに抱かれて通園していた赤ちゃんも今では、「学校着いたー」と言い自分から車を降りる立派なお兄さんになりました。この一年ここに書ききれない程の成長を見せてくれ、おもいで原稿を書きながら涙が止まりません…
特に昨年4月に右耳の人工内耳の手術を受けてから音に対しての反応が良く、今まで飛行機の音に気付いた事がありませんでしたが公園で遊んでいる時に飛行機の音に初めて気付き両手を広げて飛行機のマネをして教えてくれるようになりました。とても悩みましたが人工内耳にして良かったなと思える瞬間でした。
そして、今までも言葉が出てはいましたが聴きためていた言葉がどんどん自発語となり、二語文も話せるようになりました。今一番嬉しい言葉は「ママ だいすきー」とハグしてくれることです(涙)理解力も高く、いつの間にか多くのコミュニケーションがとれるようになっていて一年前からは想像がつかない程の成長です。これもライシャワ・クレーマ学園に通っていたおかげだと思います。
2歳のグループでは苦手な野菜もお友達効果と先生に褒めてもらいたい!!そして、食いしん坊なので(笑)おかわりをもらいたい!!と頑張って自分から食べるようになりました。お友達ともそれぞれバラバラで遊ぶ事が多かったですが、最近はみんなでお店屋さんごっこをしたり、追いかけっこをしたり関わりが出てきていて成長を感じます。そして、ぶつかったお友達に自分から「ごめんなさい」が言えたり、怖がっているお友達に「(大丈夫だよ)おいでー」と誘いに行ったりとやさしい心も育ってくれていてとても嬉しく思います。
毎週の個別では「せんせい せんせい」と嬉しそうにお部屋に入り、歌以外(笑)は意欲的に取り組みいつも酒井先生から的確なアドバイスを頂き、いつも褒めて頂き親子共々成長できた事に感謝しています。不安なことも親身に話を聞いてくださり支えて頂きました。本当にありがとうございました。

振り返って...

去年は、我が子にとって記念すべき1年でした。なぜなら人工内耳の手術が無事に終わり、これまでにない音を感じ取る可能性が広がった年であるからです。我が子は、去年の7月に医療センターで人工内耳手術を受けました。手術前は、我が子の耳では人工内耳手術しても言葉として聴き取るのが難しいかもしれないと、お医者さんに言われました。しかし、親の心でどうしても我が子に音を届けたい、我が子と会話をしたい、その気持ちが心の底から強く思い、不安を抱えながらもわずかな可能性にかけて、手術することを決断しました。この決断は良かっただろうか、答えはまだまだ先で、正解の答えもないですが、今やるべき時だと夫婦で考えました。我が子のこれからの成長はどんな形であれ、これまでと変わらずに暖かく見守って行くつもりです。人工内耳手術で入院の間は、毎日病院の廊下に置いてあった水槽を一緒に見に行っていました。それがきっかけで我が子は、お魚が大好きになりました。大好きな電車よりもお魚。魚シール、絵本、写真、パズル等々、とにかく魚の絵が載っているものであれば、飽きずにずっと見られます。言葉はまだ出てこないですが、自分なりの魚の表現・身振りまでつくりました。去年まであまり興味が無かった魚パズルは今一番気に入っているものになっています。
我が子は、ライシャワ・クレーマ学園に通い始めてから2年4ヶ月経ち、益々学校が好きになりました。グループで先生の歌と話もちゃんと座って聞くようになりました。特に金曜グループでの音楽体操の時は、自分から先生の前に立って、ずっと先生を見ながら嬉しそうに踊ります。個別でも我が子に合わせ、お魚との遊びなど、我が子が喜ぶ遊びを用意していただいています。毎回の先生と楽しくやりとりするのを見ると、親として学校への感謝の気持ちが湧くと同時に我が子の成長を見られます。子供達一人一人の個性や興味に合わせ、様々な工夫をしてくれるのがライシャワ・クレーマ学園の素晴らしいところだと実感しています。我が子がライシャワ・クレーマ学園に入った時には、まだ赤ちゃんでしたが、今ではもうすぐ2歳児になり、時間の経つ早さに驚きを感じています。我が子が大きくなるにつれてライシャワ・クレーマ学園での残り時間は少なくなり、皆で一緒に楽しいグループ、楽しい個別を過ごせるのが残りわずか一年だと思うと、もっともっとライシャワ・クレーマ学園にいる時間を大事にしなければならないと痛感しています。

この一年を振り返って

ライシャワ・クレーマ学園に入園してから1年4ヵ月が経ちました。昨年夏に人工内耳手術をして半年。人工内耳や補聴器を付けてはすぐに外してしまったり、または取れてしまったり落ちていたり…の最初の5ヵ月間でしたが、ようやく装用していることにも慣れたようで、こちらの思いが通じたかのようにやっと軌道にのってきました。今は色々な音を楽しく感じるのか、鈴やガラガラを鳴らしたり、大きな声を出して自分の声を楽しんで聴いているようです。最近は呼びかけると振り返るようにもなり、こちらの声を模倣したり、歌に合わせて踊ったり、よーく聴いていたり…、その一つひとつにも 感動をおぼえています。
週に⒈2回学園に通うことが私たち親子にとって生活の一部にもなり、大好きな「おはようのうた」で始まることを楽しみにし、「さよならあんころもち」で終わるという流れが分かってきたようです。歌やお話も大好きになり、学園が心地良い場所として我が子ものびのび楽しんでいます。寝んねの赤ちゃんだった頃とは違い、今は色々なことに興味津々でお転婆盛りに加え、意思も出てきて思いが伝わらない時に泣いたりするようにもなり、こちらも分かってあげられないもどかしさもありますが、一緒に過ごせる貴重な時間だと思って大切に過ごしています。
まだまだ、まだまだ、まだまだこれからですが、一緒に会話をする日を楽しみに頑張って行こうと思います。

一年を振り返って

印象深い出来事といたしましては、仕事を終え帰宅し「ただいまー!」と玄関のドアを開けると、我が子が満面の笑みでトコトコ走ってきて、初めてはっきりと明瞭に「おかえりー!」と言ってくれたことがありました。初めて言葉のキャッチボールができたと実感でき、感極まり涙が出ました。
個別で教わったこと、ことばの引き出し方などを妻から聞き、父親個別からは先生方からことばを引き出すアドバイスをお聞きし、それらを拙いながら実行することを心掛け接することで、最近は少しずつですが、意思表示とともに単語を発声するようになってきております。それは、ライシャワ・クレーマ学園入学時に私が想像していたものよりはるかに可能性を感じられることです。また講演会からは、卒業生からの貴重な話を聞ける機会を設けていただき、皆さんの逞しく、自分の意思をしっかり持った生き方に、我が子の将来をよりリアルに想像をすることができました。そして、大きな勇気をいただきました。妻と我が子の将来や、日々の接し方を話し合う良いきっかけにもなり、私たち夫婦も成長させていただいております。
学園へ行くことで、我が子にもたくさんの友達ができ、仕事から帰ってくると、どんな友達と、どんなことをし、どう感じたかを、一生懸命伝えてくれ、その姿勢に成長を感じております。験した事を伝えてくれたり、欲しいものをねだってきたり、おいしいものをいっぱい食べたいとか、楽しいところへ行きたいとお願いしてくる様は、おんなのこだなと微笑ましくなります。
友達のご両親とのつながりもでき、子供に対する様々な考えに触れることで、良い刺激になっております。妻も様々な助け、支えを受けている様子などを聞き、ありがたく思っております。学園との出会い、先生方との出会い、友達との出会いに感謝し、大切にしていきたいと思います。私たち夫婦も子どもを信じ、彼女の意思を尊重し、感謝の心を忘れない気持ちを持った、明るく楽しく元気よく生きていけるように全力でサポートしていこうと思っております。

1年を振り返って

私は2015年のクリスマスの日のことを忘れることができません。
産まれてすぐの新生児聴覚検査でリファーという結果が出て、ネットであれこれと調べたものの我が子が難聴かもしれないということの実感がすぐにはわいてきませんでした。そして生後3カ月になった2015年12月25日、紹介された東京医大病院でASSRなど詳しい検査を受けました。その結果、その日のうちに難聴だということが確定され、ちょうど補聴器の会社の方がいるということですぐに耳型をとり補聴器を作りましょうということに。なんの心の準備もないままで補聴器装用のことや聾学校・療育機関のことなど難聴児についての話がどんどん進み、とても焦った気持ちになったのを覚えています。その日は検査と診察で夕方近くまでかかってしまい帰る頃には電車の混雑する時間帯になっていました。乗り換えの渋谷駅はクリスマスということもあり人が多く電車は満員で乗れず、首も座らぬ子供を抱え必死で帰ろうとしていたあの時の気持ちはずっと忘れないと思います。
そんな不安な中で私たちがたどり着いたのが日本聾話学校でした。乳幼児相談で初めて学校に来たとき、在校生の子供たちの明るく元気な様子にとても感動しました。本当に我が子と同じように難聴なのかと思うぐらいによくしゃべる子ばかりで、未来への希望が持てました。
RKに入園しまもなく1年になります。学校に通い始めてすぐの頃の我が子は一人で座ることもできませんでした。水曜グループに参加してもおもちゃにあまり興味を示さずじっとしているだけのおとなしい子なので、私自身が何をしたらいいのかわからないような状況でした。こんな幼い時期から学校へ通うのはどうなのかなと考えることもありましたが、先生方のあたたかさに助けられいつしか学校へ行くことが楽しいと感じるようになっていました。日々の家事や育児に追われて子供との関わりをおろそかにしがちなときも、個別支援や新入講の話を聞くことでもっと丁寧に接していこうと気持ちを引き締めてもらっています。
学校へ来るとたくさんの刺激を受けるようで、突然今までできなかったことができたりしました。2学期の始業日に急に腹ばいで数メートル進めるようになり、その数日後の個別ではじめてハイハイをしました。支えなしで立ち上がることが出来たのも個別でお歌を歌っているときでした。ものを渡すときに「あーあ」と声を出すことも、個別のときに岩渕先生が指摘してくださり初めて気づきました。
性格も成長ものんびり屋な我が子にもどかしく思うこともあります。しかし、周りの子とくらべるのではなく信じて見守ろうということをこの1年で学びました。成長がゆっくりといているので、気づけることが多いのではないかと思います。不安でたまらなかったあのクリスマスの日からは想像できないほど今は我が子の将来が楽しみで仕方ありません。

3年間を振り返って

3年前の2月。7ヶ月の赤ちゃんだった時に入園しました。未熟児でおすわりすら出来ない我が子。最初に覚えたお歌は「お星が光る」でした。春にはTVを独占してお歌のDVDを見続けるので、パパが「おはようからこれかぁ」とグチるくらい。それならばと、どこでもお歌が出来るようにおじいちゃんがカードを作ってくれたり、タブレットでDVDが観られるようにしました。1歳半になるころにはお歌はコンプリート。今ではリトミックのダンスの助手のようです。
我が子の聴こえは、中耳炎との闘いで良くなったり悪くなったり、全然安定しません。そのせいで今でもハッキリとした発語がなく、今月3歳8ヶ月で人工内耳の手術を決めました。今はまだ不安で心配で、この決断が良かったのか?まで考えてしまいます。でも、この子とお喋りがしたい!と決めてライシャワ・クレーマ学園の入園を決めた思いに立ち返り、この先も幼稚部に進級します。

ライシャワ・クレーマ学園での3年間

思い出を書くのは3回目になります。昨年の思い出を読み返すと、ちょうど2語文が出始めた頃でした…。現在、我が子のコミュニケーションの主は会話になっています。まだまだ話し方に幼さがあり、発音が不明瞭な言葉が多いですが、家族間ではほぼ困ることはなくなりました。さらに最近は一丁前に口ごたえするようになりました。何か叱られると「パパあっちへいって」と歯向かうようになり、その口調が「パパあっちへ行け!」になり「パパ2階へ行け!」から「パパお仕事へ行け!」と徐々に遠くへ行かせようとする…(笑)
2人の姉に対しては「宿題やってないっ!」「いただきますしてないっ!」等よく叱っています。もちろん私に対しても「ママこないで!」や「ママベェーッだ!」といって舌を出したり…。生意気だなーっと思いながらも、そうやって口喧嘩出来る事に幸せを感じています。
その日の出来事も話してくれるようになりましたが「今日ね……」と言った話が、今日ではなかったり…とんちんかんな部分も多くありますが本当によく話すようになりました。
そして、今までは家族以外の人に対して、言葉が通じないと話す事を諦めてしまっていました…。それがとても切なくもどかしくて、出来るだけ私が受け止めてあげようと間に入ってやりとりをしていました。でも最近は家族以外の人にも理解してもらえる事が増え、少しずつ自信へと繋がり、1度通じなくても、諦めず伝えようと話しかける姿にたくましくなったな…と感じます。

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